今年の5月で35歳になったんだけど、
35年間なりに、今まで色々あったよなぁ、、、とか感じている。
女性の平均寿命は87歳っていうから、「まだ人生の半分もいってねーじゃねーか!」と言われそうだし、私もそう思うんだけど
過去に出会ってきた人たちとか、起こった出来事とか、感じた感情とか。
人を恐ろしいくらいに憎んだこととか(←手に掛けてやりたいと思ったほど。)、
自分の人生にピリオドを打ちたくなって、でも苦しいのは嫌だし、耐えられそうにないし、楽に「それができる」方法とかも探したけど見つからなくて、結局、夜寝るときに窓から夜空を見上げて、泣きながら月を見続けていたり。
「涙で月が、滲んで見える」
なんていう一節は、メジャーな曲や書き物なんかによくある文言なんだけど、
それを経験したのが私は小学3年生のときで。そのころは音楽なんて聴いてなかったし、本なんかも読んでなかったな。
本当に「月が滲んで見える」んだよね。
もっというと、夜になるとそういう気持ちが昼間より増幅して感じてしまうから
どこを見回しても「暗い景色ばかり」で、唯一明るいのが「月」だったんだよね。
なんというか、私は当時、そのことを無意識にやっていたのだけど、
今になって、その幼い頃の自分の心を見て、「言葉」というもので言い表すとすると、
黄色く暖かく光る「月」だけが、自分の気持ちを照らしてくれる。そういうふうに感じたからだった。
救ってくれるというか。 いや、そこまでいかない。
なんというか、「ちゃんと見ていているよ」と感じてくれているような気がして。
***
話は表題に戻り。
「許す」って、本当に大きな力なんだよな、、と感じている。
それは、その相手が、誰がどう見ても、どう判断しても、「黒」であり「悪」である、というような相手だとしても、だ。
生い立ちとか、生育歴がどうとか、
そんなの関係なく「悪な人」っているのは事実なんだけど。
実害がなくても、モラハラだって立派な「害」であって。
なんかね、いろいろみんな過去にあったりするわけなんだけど、
そういうことがね、自分の人生に良い意味で活かしていければなとか私は思ってる。
たぶん、そう思えたのは、「そう思わせてくれるような人と出会えたから」なんだと思っている。
「そういう人”たち”」というか。
たくさん、いたんだよね。
「許すこと」って、一人じゃ出来ないんだと思う。 私はそう思う。
でも、一人で「許し」をしている人も、いると思う。
他の誰かと、とてもじゃないけど共有なんて出来ないような感情を、そういう人は抱えているから「一人でも”許し”が出来る」んだと思う。たぶん。。。
すごいよね。
本当にすごいと思う。
私には到底真似できない。
というか、わたしの抱えている辛さより、更に辛いものを経験したから、私にできないのは当たり前なんだけどね。
だから「すごい」とかいう感想もなんか違うんだろうけれど。
まあ、とにかく・・・・。
書籍とかで「悩む力」とか、「働くということ」「愛するということ」とかいう題名の本が売っているわけだけど、
私だったら、
「許す力」
「許すということ」
という本を執筆したいし(←出来ないけど。文才無さすぎて。)、それが出来なかったら、ぜひ!こういうタイトルの本を、誰かに書いて欲しいなとか思う。
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