自己紹介

雰囲気がふわっとしているけど、すごく真面目で、しかも天然な、なんだか不思議くんの彼氏(楓さん)と2017年9月に結婚。 2019年12月下旬に第一子の妊娠が判明。 そして、2020年8月下旬に女の子を出産。 将来の夢は老後に「主人と一緒にノホホンと喫茶室を営むこと」 と、娘が18歳になって高校を卒業したら、娘と一緒に『大学生』になること(^^)♪

2021年9月3日金曜日

「あの人たち」に、人権ってあるのかな。「権利」ってあるのかな。

  とある人たちのこと。。。。


外国のあの人たちも、日本のあの人たちも、

あの人たちに「人権」ってあるのかな。 人生を歩んでいく上で必要な、持ってても良い「権利」って、あるのかな。。。。


 私は、日本の地方都市の片隅の、街の中心地から離れた、小さな一軒家の、1階の台所のテーブルの小さな椅子に座りながら、こんなこと(↑)を思っている。。。。


「ただの色恋沙汰」みたいな情報で、「世間を知らない」「かごの中の鳥」みたいにみんな言っているけれど、、、、

それは「本当のところなのかな???」って、、、、思ったりもしている・・・・。


 YOUちゃんを育てていて感じていること。。。

それは、YOUちゃんが初めてのオモチャを目にしたときに、手をすぐに伸ばして掴もうとするときとか、、、、

ひとりでおぼつかない二本の足取りでフラフラと、掴まりながら立ったとき、

そうして、ゆっくりと両手を離して試しながら二本の足で立ったとき、

ママ(私)のほうをゆっくり振り返って、「どう????」というような表情でニヤッと笑ったとき・・・・


 「人間=ホモサピエンス」というのは、

出来ない事が、出来るようになったとき、、、、、

知らなかったことを、知ることが出来たとき、に「喜びを感じる」生き物なんだと思う。


それが「自然」であり、「本能」であるんだと思う。

『健全である』とも言えるんだと思う。


 私は、境遇が一般人の立場ではあるんだけど、

そんな「一般人の私」でさえ、10代のときに病気になり、進学もできず、就職もせず、働いてお金を得て海外旅行とかも行くことが出来ない20代で、

SNSで再会した旧友たちの『自由な20代』を目の当たりにしたときに、ほんとうに画面越しに涙がボロボロ流れたし、本当に本当に、『愕然とした』という表現がバッチリ当てはまるくらいの心のショックに打ちひしがれた経験がある。


だから・・・、あの人たちは、一般人の私たちなんかより、ずっと制限をかけられて今まで生きてきて、

30代の私たちでさえ「現代っ子」と呼ばれ情報過多な時代に生きていて、「自分次第でなりたい自分になれる世代」なのに、20代の彼らなんて、もっともっと(!)強く感じるのだと思う。。。。



『人の能力なんてのは大した差なんてない』

というのは、合っているんだと思う。 「男女の差」なんてモノも、無いんだとも。


原始時代は「生活」は『狩猟』だった。 それで「生命を維持していた」。

それに必要な能力は「力」だった。

だから、男女の差、っていうのは「力の差」であって、それは仕方のない「差」であった。

「それは生物学的に”差”ってあっちゃうよね~」と(^▽^;) 当たり前だけど。


 でも、現代はどうだろう?

生活に必要なものが「お金」となり、そのお金を稼ぐための手段が「原始時代のソレ」とは大きく変わっているよね。


「頭でも金を稼ぐ時代。稼げる時代」になっているのだ。


だから、そういう「頭の能力の差」っていうのは『男女差』なんてのは無いんだと。



 女性がいくら努力(筋トレとか)したって、「男性の持つ生物学的な”力”は手に入らない」わけだよ。


でもね、男性女性関係なく、「頭の能力」なんてのはやる気と根性と努力で、いくらでも、いつからでも伸ばすことはできるのだ。


センスとか向き不向き、とかはあるけれど、

やる気と根性と努力で、どんな人でも『大台に乗ることができる』というか。




 話が大きくズレちゃったけど、

そういう点からも考えると、未熟な男女の二人が、ゼロから出発をして協力し合って、その間にいろいろ喧嘩や諍いがたくさんあるとは思うけど、それを乗り越えて成就したあかつきに、『人間らしい健全な成長ができる』のではないかと、当たり前のように思うんだよね。


だからさ、

酸いも甘いも二人で経験して、すったもんだして、、、、

そういうことが『人間としての健全な成長』であり、それを欲求することが『人としての権利なのではないか?』と、、、、、思うんだよね。。。。。。



 もし、彼らに会えたとして、教えてあげたいのは、こういうこと。(↓)


あなたたちの生い立ちや課せられているもの、状況や気持ちはとてもよくわかる。

でも、それは立場の違う私たちでも大なり小なり、人生を生きていく上で、そういう苦悩や葛藤を叩きつけられ、窮屈に生きていかなければならないときもあるんです。


そういう人たちも、一般人にもたくさん! いるんです。


あなたたちと同じような経験をして、そういう苦悩や葛藤を抱えて人生を生きている人は、一般人にも沢山、いるんです。


だけど、そういう人たちも、「その人なりの答え」を見つけて生きている。

それが本望じゃなかっとしても。


だから、あなたたちのことは「間違っている」ともいえないし、「合っている」ともいえない。


どうか、ご自身の人生を、最期まで責め続けるようなものにならない判断や決断、行動、方策を取ることを願います。



***


 私がもし、彼らの「友人」だったら・・・・。

たぶん、こういうこと(↑)を言ってあげるんだと思うな。。。。。




「ひとりの女性として」「ひとりの男性として」、

幸せな人生を歩めることを、祈っています。








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