フと、母が亡くなったときのことを、想像していた。
そういう事を想っていたら、私自身が、「誰のために存在しているのか」を考えた。
好きな色、好きな食べ物、好きな趣味、やりたいこと、なりたいもの、そもそも「何かになる」なんて考えないこと、
どんな人と友達になって、どんな人を好きになって、どんな人と結婚して、どんな子を授かって、
どんな母親になって、どんな家庭を築いて、どういう風に生きていきたいのか。
「ワタシ」という私は、「どんなワタシでいたい」のか。
「どんなワタシが、私なんだろう」。
そんなことを思い始めた。
私が持っている価値観は、「誰の価値観」?
私の好きな色は、「誰が好きな色」?
いい人だな、って思うのは、「誰がいい人、と思うから?」
ホームでボランティアをしていたとき、17歳から看護職をしていた、93歳のクリア(←認知症ではない)な女性の利用者さんに、言われた言葉。
『お母さんは、お母さん。 あたなは、あなたよ。 (*^_^*)』
・・・そうニコッとして、言われた言葉。
・・・なぜかその時、なんだかその瞬間、まるで「自分自身の全てが全肯定されたような感覚」になって、、、、、 ボロボロと涙が出てきて、止まらなくて、必死でこらえようとして、でも涙がどんどん溢れてきて、、、、、。
そういうことを、体験したことがあった。。。。
なんだか不思議。
こんなに地味で、目立たなくて、影の薄い、存在感も薄いような私、なんだけど。
見た目も地味だし、何もかも。
だけど、なぜか楓さんだけが私のことを、今まで生きてきた中で、一番見ていてくれていて、見続けてくれていて、、、、、
なんだろう。
楓さんの存在が、まるで自分のことを好きになるような感覚で好きになっていった。。。。。
これを「恋愛感情」(?)というのだろうか??
なんか違うような・・・(^_^;)
不思議、なんだよな・・・・・・。
「楓さんとの関係性」って。。。。。。
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