YOUちゃんがこの世に生を受けてから、「いい母親であろう」という気持ちはずっと変わっていない。
でも実際は、それが理想通りに行かなくて、葛藤の連続だった。
初産で、生死の岐路を何度も通ったような、産婦人科医も「一番考えたくない事態になった」と言われたくらいのお産だった。
12日間入院していて、その間に同時期にお産した経産婦さんたちが、一人、二人、三人・・・と、大部屋から退院していく。。。
私は6人部屋の部屋にポツンと独り、取り残されていた。。。
毎朝、毎朝、空は晴天で青かった。
白い入道雲がモコモコそこにあった。
今でも、あの病室の窓から見えた青空と入道雲の風景を、思い出せるくらい。
長期入院患者の気持ちが、なんとなくわかるような気がした。
・・・私は、「いい母親であろう」という気持ちが常にあった。
でも、退院後の、そんなボロボロの状態での「新生児の育児」は最悪なくらい辛くて酷く、思う通りに行かなくて、笑顔も出なくて、自己嫌悪に何度も陥り
何度も夜中にボロボロ泣いた。。。。
本当に辛かった。
今でも、お産から9ヶ月が過ぎても身体がしんどくて辛くて、いまだに笑顔がYOUちゃんに対して作れなくて、日中の「声掛け」とかが全然できていない。
そういう母親としての自分に対して、「これって母親としてどうなの」とか「こんな親のパフォーマンスで、YOUちゃんの心が健全に育つんだろうか」とかいう気持ちに、常に苛まれている状態で。。。
「いい母親であろう」
という気持ちは常にあって、それを実行したいのだけど、
壮絶なお産の後のせいの、物理的な肉体疲労でそれができず、心の中でボロボロ泣いている。
もしくは、子どもが寝静まった夜中に起きて、パソコン画面の前でボロボロ泣いている。
今でも泣きたいくらい。
でも、こういう葛藤や感情って、「親だから経験できることだし感情なんだよね」と言い聞かせてる。
楓さんと出会って、恋をして、続けられて、結婚して、皆様にお祝いされて、夫婦共同生活をして、妊娠して、辛いつわりに長期耐えて、壮絶な惨憺たるお産を経験して、
そうした上でYOUちゃんを授かった延長上に、「この葛藤や感情がある」んだよね、って。
母親になったから故のギフトなんだよね、って。 贈り物なんだよね、と。
泣きたいくらいに楓さんには感謝しているし、実家の母にも想いを巡らせられるし。。。
色んなこと
が、結婚、出産を機に、芋づる式にわかってくること・・・。
こういうのが『母親になったが故のギフト(贈り物)なんだよね』と、つくづく思うし、言い聞かせている。
「いい母親であろう」という気持ちを持つことも、
それができないで自己嫌悪になったり、悲しくなったり、葛藤したりするのも、『親だからこそ』なんだと思う。
ついつい感情的になって怒ってしまったとして、後悔する気持ちも経験できるのも『親だから』。
全ての感情が「学び」だし、素晴らしいことなんだと思う。
幸せな気持ち、深い悲しみ、、、、それら全てが「贈り物」なのだと感じている。
0 件のコメント:
コメントを投稿