先日、YOUちゃんを連れてお散歩に行った。
大通りをベビーカーを押しながら歩いていると、前方にキョロキョロしている道に迷っていそうなおばあさんが。
通りかかると、「すみません・・・。」と、やはり声を掛けてきて、
「〇〇〇という高齢者施設に行きたいんですけれど・・・。」と、申し訳なさそうな声。
タブレットを持っていたので、マップで調べてあげると、少し歩くがそんなに遠くない距離。でも、ちょっと道が入り組んでいて、ここで口頭で説明しても絶対にたどり着けない道筋だった。
私は、「あのー、もし良ければなんですけど、ちょっと道が入り組んでいるので、私、そこまで案内しますよ。」 と言った。
おばあさんは、「えええっ!?いいんですか? あらー、なんか本当に申し訳ない・・・!」と、平身低頭な感じだったが、とりあえず二人ともマスクをしていたので、適度に距離を保ちながらお喋りをしながら歩いて案内をしていた。
おばあさんは「もうじき80歳ですよ。」と言っていた。
娘、孫、ひ孫(!?)までいて、娘は50歳代らしい。 そして同居もしているようで。
もう二人の子供も育て上げ社会人になって、自分は第二の人生で「仕事」に精を出して楽しんでいるらしい。
娘さんに、今日の高齢者施設に行くことを告げていたみたいだが、娘さんは「だーいじょうぶよ!大丈夫、大丈夫~♪ 行ける行ける~♪」とかなんとか言って、さっさと仕事場へ出勤してしまったらしい(爆)
よくあるよねこういう母娘のやりとり(笑!)
モバイルも持たない、地図も持たない、ていうか持たせないで、よく母を初めての地に行かせたね・・・(爆!) あっはっは。娘さんの「よくあるあるな風景」ですね、という感じ(笑)
道中、いろんな話をした。
「子育ては ”楽しい” という感じだったか?」とか、
「娘と孫、ひ孫の存在って、それぞれ感じ方が違うもの?」とか。
ここぞとばかりに私も自然な感じを装って、たくさん訊いてしまったのだ(笑)。
そして、ちょっと距離があったので、時間はかかってしまったが、ベラベラとおしゃべりをしながら目的の高齢者施設に到着した。
着いたとたん、そのおばあさんが、すごく感動した様子で、涙を流しながら感謝の気持ちを伝えてきてくれた。
おばあさん曰く、訊く人訊く人、「あー行って、そこの信号を曲がって、こう行ったら着きますよ。」とか言って、フイっと去って行ってしまう人に多く遭遇してしまったようなのだ。
「本当なら、お家がわかればお伺いしてお礼をしたいくらいなんだけど・・・。」
「お名前だけでも伺ってもよろしいですか・・・?」
そう言うから、私は、
「お気持ちだけで十分ですよ。ありがとうございます。〇〇〇〇(←私の名前)です。 またどこかでご縁がありましたら、よろしくお願いします(^▽^)」
そう告げると、そのおばあさんは、私の名前を2回くらい空で呟いて、「じゃあ、本当にありがとうございました・・・! お気をつけてね。赤ちゃんも付き合わせちゃって、ごめんね・・・!」と言って、おばあさんは施設の中へ、私は来た道を引き返して別れたのだった。
なんかね、人って基本、誰でも「優しさ」って持ってると思う。
でも、それを表せないのは「忙しかったり」、「案内できる絶対時間が無かったり」、「気持ち的な余裕が、色んな事情で無かったり」する 『だけ』 なんだと思う。
私にはその「絶対時間があり」、「気持ち的余裕があり」、「お散歩途中というノンビリ状況であった」から・・・・ 『だけ』 であると思う。
時代も悪いし、景気も悪い。
もっと昔は、そんな人たちばかりではなく、私みたいに「いろんな意味で ”余裕の揃っている人”」なんて、いくらでも居ただろうと思う。
そんなもの。
人って、「そんなもの」なんだよな。
・・・って、その日は、おばあさんを案内してから思っていたりしていた。
0 件のコメント:
コメントを投稿