私は、10代くらいまで、友達も作れなかったし、ペラペラと話すこともできなかったし、
本なんかぜんっぜん!読んでなかったし、読書感想文とか、普通の作文レベルでも、いっつも「私は、」で手が硬直していた。何時間も。
なんかね、今、思うんだけど、
今の私は、ペラペラとリアルでもお喋りできるし、友達も、ありがたいことに沢山いてくれて、みんなとても優しくて人想いのいい子たちばかりだ。
なんかね、だから、
「書けないから」「喋らないから」って”だけ”で、その子は『ダメな子』なのか。
『周りより劣る人間』なのか、っていうの、「違うんじゃないか」って、
小さい頃からずーーーっと思ってたんだけど、結婚して、子どもを産み育てている渦中の立場になって、本当に、改めて(←!!)「やっぱり違うよ。」って思う。
それは、子どもに限ったことじゃなくて、「大人」でもそれが言えるんだと思うよ本当に。前から思ってたけど。
文学とかもさ、
小説を読んで、感じることは別にいいんだけど、なんか「自然じゃないよな。」って思う。
なんかね、
いま、自分の身近にいる、目の前の「その人」と接して、
その人の口から直に発せられた言葉や、目前で見えるその人の表情、相手のその人から感じるその人の気持ち、
それまでの付き合いから想像できる、その人の考え、人となり、価値観、その道を歩んできたからこそ感じる、その人なりの感情。
なんかね・・・
そういうことを、感じて、考えられて、想うことが、「リアルで自然な”人を想う心”なんじゃないかな」って思うのね。
読書感想文って、今あるのかはわからないけど、
ああいうので、その子の「人間性をはかること」って、できないんじゃないか、って。
ていうか、できないし、わからないし、嘘かもしれないよ。 ってこと。
「紙の上だけの評価」なんて、そんなもんだよ。
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