「子育ては、その子の人生を考えてあげること」
実家の母が、数年前に言っていた言葉。
娘は割とマイペースで、同学年の子に比べたら、できないこと、理解が遅いことがよくある。 私は今まで、そのたびにヤキモキしていた。
でも、ふと我に返り、実家の母の言葉を思い出すと、今より「未来」、そして、「その子の人生」という目線で娘を見られるようになり、不安やヤキモキ感がスーーっと失せていく、、、そんな経験をたびたびしている。
実際それは当たり前で、、、
その人にとっての幸せって、「その時」だけじゃないんだ、「人生的にどうなのか」っていう部分もあるなと感じさせられている。
正解なんてない。 そうなんだけど、「その人なりの正解」を求めていくことって大切なんじゃないか、って。
娘は今のところはわからないけれど、たぶん、パパの血を引いているからか、お勉強はあまり得意ではなさそう。 でも、純粋で優しい心の持ち主だ。 ママは何度助けられたことか。
・・・多分、ていうか、きっと、「そういうところ」が一番大切なんじゃないかなって思う。
何が出来る、何が出来ない。
何を知ってる、何を知らない。
それもそれで、大切なんだろうけど、それだけじゃない。
「なにをそんな綺麗ごとを」って思う人もいるかもしれないけど、「結局は」、その「綺麗ごと」がその子を救ってくれたり、自分を癒してくれる部分なんだと思う。
世の中「綺麗ごと」がある理由って、最終的にはそれが「答え」なんだっていう事柄が、たくさんあったからなんだよ。
「綺麗ごとを言っていないで」というよくあるフレーズがあるけれど、私は嫌いだな。
時としてそう思わないとやっていけない場面もあるけど、それが全てだとは思わないし、実際は違うんだと思う。
やれ勉強ができる、できない。
偏差値が高い、低い。
あれを知ってる、これを知ってる。
・・・その人の「能力」だけを評価すれば、それなりに評価されるんだろうけど、それと「その子の人生」とは比例しない。。。 それだけでもない、ってことも。
子育て・・・ 大変だけど、日々考えさせられるし、思わされる。
子供に育ててもらっているんだな(←親が。)っていう感じです。
娘もこれから、いろんな感情や経験を積んでいくんだと思うけれど、長い人生、身の置き場所、立ち位置、立場ってこくこくと変わるし、今、もし苦しくても、きっと大丈夫って心底思ってあげられる親に、私は今なれてるんだと思う(!)
それと同時に、「今の自分」ていう部分で、「親業」って最高で最強だな!って本当に思えるのである。 目に見えない物事の「価値」っていうものに目を向けられる。。。そういう経験を、想像じゃなくてリアルに体感できるから、「やっぱり親業って最高だし最強!」って感じるのだ。
日々の家事も、行き詰まっちゃうこともたくさんあるんだけど、そういうときは、「家族のことを想う」ようにしている。
私が洗濯しなかったら、困るのは誰?
わたしが洗い物をしなかったら、困るのは誰?
私が部屋をきれいに整理整頓しなかったら、困るのは誰?
こういうのって、「集団生活」で大切なことなんだよね。。。
一人でもその想いに欠けると、ガラガラとその家庭は崩壊する。 せっかく出会った「ご縁」なのだから、大切にしてきたいんだ。
私は「独り身の時代」が長かったから、一層そう思うんだと感じる。
「結婚なんて誰でもできる」なんて、全然思わなかったし、そんな発想すらなかった身分だった。 「結婚は、誰でもできるわけじゃない。」・・・そう思わされたのが、「私の人生」でもあります。 だから、なんとかやっていけてるのかもね。
結婚もできて、子育てもできて。
こんな幸運なことってないと思う。
0 件のコメント:
コメントを投稿